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生まれながらの芸術家

トーベ・ヤンソンは1914年8月9日、フィンランドのヘルシンキで生まれました。
父は彫刻家、母は画家という芸術一家で、幼いころから絵を描いたり詩や物語を作ったりと、芸術に親しんで育ちました。
家にはアトリエがあり、両親はいつも作品づくりに没頭していたといいます。父は、作品ができあがるとトーベにその作品の感想を聞きました。
また母親は、トーベがまだ文字を読むことができなかった幼いころから毎夜絵本を読んで聞かせました。そんな環境で育ったトーベもまた「わたしも芸術家になる」と考えていました。トーベが芸術家への道を進むことは、とても自然なことだったのです。
下に弟が二人いて、12歳年下の弟ラルスは後にコミック版ムーミンの共同執筆者になっています。
雑誌の挿絵でデビュー

トーベが14歳のとき雑誌の子ども欄に自作の絵と詩が掲載され、15歳では早くも雑誌の挿し絵画家としてデビューし、その後もいろいろな雑誌に絵を描いたり美術展に作品を出したりと活躍し始めますが、時には持ち込んだ作品を出版社で断られることもありました。
19歳ではじめての本が出版されましたが、ムーミンの物語が書かれるのはもう少し後のことです。『小さなトロールと大きな洪水』のもとになるお話は1939年、25歳のときに書き始められましたが、このころフィンランドではソ連による空爆が始まり、世界は暗い戦争へと入っていきました。
トーベは雑誌の表紙にヒトラーを皮肉る絵を描いて親独派ににらまれたというエピソードもあります。

クルーブ・ハル島

トーベ・ヤンソンは、幼い頃から夏を小島で過ごしてきました。
中でもこのクルーブ・ハル島(通称ヤンソン島)は、トーベがもっとも多くの時間を過ごした島です。
この島は「ぐるりと歩いて約8分」ていどの小さな岩島で、自分達でワンルームの小屋を建て、アトリエにしました。
最初にこの島に上陸したのが1965年のこと。以来30年間、トーベはこの島に毎夏ボートで通い続け、ムーミンの物語を書き続けたのです。
水道も電気も電話もない不便な島ですが、トーベにとっては最高のアトリエだったのかもしれません。
ムーミンシリーズ執筆開始

第二次世界大戦が終わった1945年、ムーミンシリーズの1作目『小さなトロールと大きな洪水』が出版され、その後26年の間にシリーズは9作書かれました。
1954年からはイギリスの新聞「イブニング・ニューズ」にマンガ『ムーミントロール』の連載が始まります。トーベは6年間執筆し、あとの15年間は弟ラルスが引き継ぎ、コミックスは約60の言語に翻訳されて親しまれました。
トーベはムーミンシリーズだけでなく絵本、大人向けの小説、絵などたくさんの作品を次々に生み出し、国際アンデルセン賞をはじめとして多くの賞を受けています。 2001年6月27日、86歳でトーベは息をひきとりました。
生涯独身でしたが、周りにはいつも家族やいい友人たちがいました。恋人や家族や友人の何人かはムーミンの物語のキャラクターのモデルとなっています。